慰安婦問題とは? 「強制連行」の実態をわかりやすく解説



▼1400年代まで
ヨーロッパの世界侵略開始以前まとめ

▼1400~1600年代前半
スペインとポルトガルの大航海時代/信長 秀吉 家康
 -コロンブスは何をやったのか
 -アジア初の植民地・フィリピン

▼1600年代中盤
オランダの台頭/江戸幕府、鎖国政策へ

▼1600年代後半~1700年代
イギリスとフランスの時代/江戸時代の平和

▼1800年代
アヘン戦争/黒船が来航、明治維新へ

▼1894~1895年
日清戦争

▼1904~1905年
日露戦争
 -韓国併合(日韓併合)とは

▼1941〜1945年
第二次世界大戦(太平洋戦争・大東亜戦争)
 -太平洋戦争 年表
 -日本の「アジア侵略」の実態
 -大東亜共栄圏とは・八紘一宇とは
 -大東亜戦争と太平洋戦争の違い・名称について
 -東京裁判とは、A級戦犯は何の罪で裁かれたのか
 -子供でもわかる「日本の戦争の歴史」
 -慰安婦問題・強制連行の実態について
 -戦後70年談話(安倍談話)とは







 

▶1904〜1905年
⑦日露戦争





▼慰安婦問題とは? 「強制連行」の実態をわかりやすく解説

反日的な日本人により捏造された 「慰安婦問題」ですが、その韓国との間で問題になっている唯一の争点は「強制連行」なるものが、本当にあったのかどうか、この一点に尽きています。

「強制連行」というのは、韓国側の主張によると、日本の官憲が、強制的に朝鮮人女性を拉致し連れ去ったことに加え、日本の官憲が女衒(ぜげん・売春婦の周旋人)などのいかがわしい業者らに命じて間接的に拉致,誘拐させたりしたことを含むのだそうです。

しかし、ここ数十年間の調査の結果、これらの「強制連行」を日本の官憲が行ったという物的な証拠は何一つ見つかっていません。

存在するのは、「強制連行された」と主張する韓国人の元慰安婦らの証言だけです。

そして、その証言も上述のとおりあきらかに捏造されたものであったり、連れて行かれたとされる地域に慰安所がなかったり、証言内容が以前の証言と喰い違っていたりなど、およそ信憑性に欠けるものが存在するのです。


「強制連行」の実態

とはいえ、当時、「強制連行」のようなかたちで本人の意志に反して連れ去られた女性も多かったようです。

ただし、それらを行ったのは日本の官憲などではありませんでした

それら「強制連行」を行っていたのは朝鮮人の悪徳業者がほとんどであり、それらの朝鮮人が不法に人身売買を行っていたというのが事実で、むしろ日本の官憲は、逆にそのような悪徳業者を厳重に取り締まっていました

そのような事実を示す物的証拠は、たくさん見つかっているのです。

以下はその事実を示す当時の新聞記事の一部です。





農村の娘に毒牙
巧みに誘拐しては売り飛ばす
恐るべき全貌判明

[朝日新聞 南鮮版 1939年3月30日]

既報=京城西大門署で検挙した娘誘拐事件はその後、首魁 金オウ萬ならびに金方に監禁されていた十二名の娘につき取り調べを進めているが、取り調べの進行につれて事件はますます拡大し北支、満州方面に売り飛ばされた娘は百人を突破すると見られるに至り、府内各署では最近相次ぐ誘拐事件と照合して事件を重大視し、周旋業者らも厳重監視するとともに同様の犯罪摘発に血眼となっているが、たまたま事件によって描出された農村窮乏と無智に係官も今更唖然となり、社会問題としても一般に大きな示唆を与えている

被害者の大部分は今回に限らず大多数が南鮮地方の農村の娘で、主として養女に貰受けると甘言を弄し委任状を偽造し、中には無料で連れ出すなどの手口によって無法な人身売買が行われているもので、最近この種の行為を職業とするもの激増している事実も判明するに至り、取調当局では各道と連絡、これが対策を講ずることとなった



貴婦人装う誘拐魔
男女四名を手下に使い
全鮮から小娘二十八名を誘拐

[朝日新聞 南鮮版 1938年3月1日]

京城府内の周旋屋を転々盥回しに誘拐した娘の周旋料を稼いでいた魔の手が鐘路署に検挙され府内の周旋業者を続々召還取調べ中であるが、首魁のケイ尚北道寿城面、李権植妻 金福順(35)で、同人は夫を捨てて京城に出奔、美貌の同女は常に貴婦人を装って情夫大邱南山町 李鎭玉(44)ほか四名の男女を使って昭和十年十二月三十一日大邱駅の待合室から連れ出した大邱生れ李斗順(当時17歳)ほか全鮮にわたり小娘二十八名を誘拐
首魁自ら京城府内の周旋屋に出没、小娘を盥回しに転々して前記李斗順ら最初十五円で黄金町某に売られた身代金は二十四軒目の最後の周旋屋で百五十円に売られていた


誘拐犯罪の温床
周旋業者にメス
京城で一斉調査行う

[朝日新聞 南鮮版 1939年3月31日]

最近相ついで検挙された京城府内の誘拐事件に異常なショックを受けた各署では悪人事周旋業者を犯罪の巣と睨んで、それらの清掃を期し糾明のメスを加えているが、一般の善良な業者もややもすれば金銭的な誘惑から犯罪と知りつつ人身売買の仲介を行う傾向があるので、府内の周旋業者に出頭を求め実情調査を開始し、府内各署は各種人事業者で賑わっている 警察当局では業者の自粛を要求するとともに弊害を重視して今後のこの種の営業申請に対しては許可せず、いかがわしいものに対しては営業停止の厳罰をもって臨むこととなった
右につき某署長は語る
人事に関する商売なので暗々裡に事が運ばれる場合が多く、従って犯罪も多いのだが、常に個人の一身上の問題なので、われわれとしても手を着け難い場合が多い、一万円国防献金するから営業を許可してくれというのが飛び出したが、これから見ても如何にぼろい商売かということもわかる、この際だから善いのも悪いのも徹底的に洗って見るわけだ


婦女誘拐の一味
ついに送局さる
元釜山府臨時雇らの首魁

[朝日新聞 南鮮版 1939年11月21日]

官印偽造、公文書を偽造行使し多数の婦女子を誘拐した元釜山府臨時雇釜山府大倉町四丁目五十九番地 金東潤(27)ほか七十七名に係る公印偽造、公文書偽造公使詐欺誘拐事件は釜山署で取調中のところ今回取調終了、二十日一件記録とともに身柄を送局したが拘束者は金東潤ほか九名、起訴中止六名、不起訴五十五名である
被害夫人は二十八名に上り、このほか南洋方面に誘拐されたものも多数ある


このように、当時の朝鮮半島では、朝鮮人の売春婦周旋業者が朝鮮人の若い女性を誘拐してはどこかへ売り飛ばすという事件が頻発していました。

そして、それらの悪徳業者が日本の官憲である警察に逮捕され処罰されていたというのが事実のようです。

どうやら、「強制連行」の多くは朝鮮人の悪徳業者により行われていたようなのです。

つまり、現在の韓国人は自分たちの祖先である朝鮮人が行った「強制連行」について、日本に謝罪と賠償を求めているということです。

繰り返しになりますが、それらの「強制連行」を主導していたのが日本の官憲である事実を示す資料は何も見つかっていません。


また、このような資料もあります。

以下は、韓国政府が以前まで「従軍慰安婦が存在していたことを示す証拠資料」としてホームページで公開していた(現在は都合が悪くなったためHPごと閉鎖されている)、「慰安婦募集」の広告です。
(左が「京城日報 1944年7月26日の広告」、
 右が「朝鮮総督府機関紙 「毎日日報」 1944年10月27日の広告)



このようにわざわざ広告を打って募集しているのは、日本の官憲による「強制連行」がなかったことを裏付ける証拠でです。(それに気付いたからこそ韓国政府は前述のホームページを閉鎖したものと思われます)

「強制連行」することで慰安婦を調達していたのであれば、このような募集広告は必要ないはずです。

また、注目すべきは慰安婦たちの給料についてです。

左の広告には、

「月収 300円以上(前借3000円まで可)」


とあります。

月収300円ということは、年収は3600円になります。

当時の陸軍大将(陸軍の最高位)の年収が6600円、二等兵の年収が72円だったといいますから、慰安婦がどれほどの好待遇だったかが分かります。

これにより、「慰安婦」が「性奴隷」などではなかったことが分ります。

「慰安婦問題」を反日的な日本人が捏造した経緯はこちら







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