それから日本が太平洋戦争に負けるまでの約500年間は、世界中がヨーロッパ人によって一方的に侵略(しんりゃく)された時代でした。
例を挙げれば、アフリカでは黒人の人々が、ただ黒人だというだけでヨーロッパやアメリカにむりやり連れて行かれて奴隷(どれい)にされ、アメリカ大陸では、元々住んでいたインディアンたちが皆殺しにされ、インドや東南アジアでも、現地の人々が殺されたり、貴重な物を奪われたりとひどい目にあわされました。
ヨーロッパ人たちがなぜそんなひどいことをしたかというと、世界中でとれるいろいろな品物を独り占めし、お金儲けをするためでした。
黒人やインディアン、インド人などの人々は、その白人の暴力(ぼうりょく)に必死に抵抗(ていこう)しましたが、世界中で戦争をしつづけてきて近代化(きんだいか)された武器を持つヨーロッパ人にはまったく歯が立ちませんでした。
そして、1800年の終わりごろになって、そのヨーロッパ人たちの侵略の手がとうとう日本にものびてきたのです。
当時の日本人たちは、世界中の国々でヨーロッパ人たちがやってきたひどいことを知っておどろき、どうしたらいいのかを考えた結果、天皇(てんのう)を中心に力を合わせてヨーロッパ人といさぎよく戦うことにしたのです。
日本は、ほかの国々の失敗に学び、それまでのように腰に刀を差し、頭にちょんまげをゆっていた習慣(しゅうかん)を捨て、ヨーロッパ人と戦えるように、ヨーロッパの武器を取り入れることにしました。
これを、日本の近代化(きんだいか)といいます。
それから、日本は日清戦争(にっしんせんそう)、日露戦争(にちろせんそう)という大きな戦争に勝ちます。
この日本の反撃にヨーロッパ人たちはおどろき、それまでヨーロッパ人にひどい目にあわされてきた世界中の人々は、これでヨーロッパ人たちの暴力の時代が終わるのではないかと希望を持ちました。
しかし、その次に起きた第二次世界大戦・太平洋戦争に日本は負けてしまい、それらの人々の希望をかなえることができなかったのでした。
それらの人々の希望はかなえられませんでしたが、日本が世界中の白人に苦しめられてきた人々に希望を与え、太平洋戦争の後、世界中でヨーロッパの支配(しはい)から独立する流れを作り、現在の平和と平等の時代のきっかけを作ったのでした。
それが「日本の戦争の歴史」の原因と理由だったのです。
▼戦争が終わったあとの日本では…
このように、1800年の終わりごろから1945年までの「日本の戦争の歴史」は、アメリカやヨーロッパに侵略されないために日本が必死に戦ったというのが事実(じじつ)です。
しかし、戦争が終わったあとの日本人は、戦争に勝った国の代表であるアメリカから、「日本は悪いことをしたのだ」と教えられました。
これは、戦争に勝った国が「自分たちが正義(せいぎ)である」ということを歴史に刻み、日本人の頭の中に植え付けるためにおこなわれたものです。
そのため日本では、「日本のおこなった戦争は、日本がヨーロッパの侵略から自分の国を守るために戦ったのだ」という事実は「言ってはいけないこと」とされ、学校でも「教えてはいけないこと」とされてしまったのです。
なぜなら、そう言ってしまうと日本が正義であるかのようなイメージになり、アメリカが悪であるかのようイメージが生まれてしまうからです。
ですから、代わりに、「日本がアジアの国々を侵略した」ことばかりが強調され、教えられてきたのです。
日本の学校では、現在でもけっして「日本は自分の国を守るために戦ったのだ」ということは教えてくれません。
日本の大人の中には、いまだに「日本は悪いことをしたのだ」と本当に思っている人が多くいます。
特に、学校の先生にはそういう人が多いようです。
しかい、戦争が終わって長い年月がたった現在、徐々にその事実に気付きはじめた大人も増えてきました。
それに気付いた大人と、それに気付いていない大人がいるのが、いまの日本だと言えるでしょう。
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